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東京地方裁判所 平成4年(ワ)19386号 判決

原告

互友会

右代表者会長

松本健次

右原告訴訟代理人弁護士

鐘築優

被告

長坂俊典

被告

中村春江

右両名訴訟代理人弁護士

戸谷豊

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金四一万五八二一円及びこれに対する平成三年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金九一万五八二一円及びこれに対する平成三年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告らに対し、被告らが原告の資産のうち四一万五八二一円を横領したとして、不法行為に基づき右金員相当損害金及び慰謝料五〇万円の損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、螺子リベット及び自動車、自転車の金属製部品の製造販売を業とす株式会社東京製鋲所(以下「会社」という。)において、従業員相互の福利厚生及び労使相互の親睦を図ることを目的とする権利能力なき社団として設立された。原告は、団体としての組織を備え、多数決の原則によって意思を決定し、構成員が変動しても団体として少なくとも平成三年三月一七日までは存続していた。原告の本部は会社本社(〈住所略〉)内に、東京支部は東京工場(本社と同じ場所)内に、柏支部は柏工場(〈住所略〉)内に置いていた。

原告は会社の従業員全員で構成し、パートタイマーも準会員となっていた。原告には、従業員の中から選挙により選出された会長以下の役員がいたが、平成二年度の会長は柏工場に勤務する従業員の松本健次(以下「松本」という。)であった。

2  原告は、総会又は委員会を毎年定期的あるいは臨時に開催し、種々の案件を議決し、原告の会計年度は三月二六日から翌年三月二五日までであり(但し、三月二六日から四月三日までは引継ぎの期間である。)、会計報告は総会において行われていた。本部及び各支部の会計担当者は、収支の会計を行い会計監査を受けていた。原告の収入は、月三〇〇円の会費(パートタイマーは月一〇〇円の会費)、会社からの月一万円の寄付金及び雑収入(主に、安田生命の手数料。月約一万円)によっていた。この収入を基に、委員会において本部及び支部の予算を決め、総会で承認を得ていた。平成二年度の予算も決められ、総会の承認を得た。

3  平成三年三月一七日、会社の従業員で「日本労働組合統一評議会東京製鋲所分会」(以下「分会」という。)が結成された。

4  被告長坂俊典(以下「被告長坂」という。)は日本労働組合統一評議会(以下「統一労評」という。)の中央執行委員長であり、会社の従業員ではないが、分会の結成を実行した。被告中村春江(以下「被告中村」という。)は、会社の柏工場に勤務する従業員であるが、同被告は平成二年度の原告の会計担当者であった。また、同被告は、分会の組合員で、財政担当の執行委員であった。

5  被告中村は、松本から平成三年三月二五日に原告への返還要求を受けたが、柏支部の平成二年度の収入四一万五八二一円を分会の収入として計上し、右返還請求に応じなかった。

三  原告の主張

1  原告から分会への財産譲渡の不存在

権利能力なき社団の財産は、構成員の個人財産とは区別され、独立に管理運営される。権利能力なき社団の財産は、社団を構成する総構成員に総有的に帰属することになる。したがって、構成員は社団財産に対して持分権もなければ分割請求権もない。総有の廃止その他財産の処分に関する定めを行うためには総社員の同意に基づかなければならない。

本件の場合、総社員の同意があるというためには、原告の総会において会員の三分の二以上の賛意があったときあるいは少なくとも会員の三分の二以上が出席しその過半数の賛意が必要である(互友会会則二七条、一四条)。ところが、平成三年三月二三日に開かれた柏支部の臨時総会では、出席者が一二名であったが、これは当時の柏支部の正社員五一名からすると三分の二以下で定足数に足りず、流会となった。したがって、原告の財産処分につき総社員の同意はなかったわけである。

2  解散事由の不存在

権利能力なき社団の解散事由は、〈1〉規約に定めた事由の発生、〈2〉目的たる事業の成功又は成功の不能、〈3〉破産、〈4〉総会の決議、〈5〉社員の欠乏である、(ママ)このうち、〈1〉については、互友会会則に解散事由の規定がない。〈2〉、〈3〉については、本件の場合は当てはまらない。〈4〉については、総会の決議で社員の三分の二以上の賛意があったときに解散できることになるが、本件の場合、総会の決議がない。〈5〉の社員の欠乏とは社員が一人もいなくなることをいうが、社員が欠乏したとはいえない。したがって、原告は解散されたものではなく、現に存続している。

3  被告らの不法行為

被告らは、柏支部の財産金四一万五八二一円を共謀のうえ領得して返還せず、分会の収入として計上している。

また、原告は、被告らの妨害行為のため正面的な活動を行うことができず、名誉・信用を著しく毀損された。これを慰謝するものとして金五〇万円が相当である。

四  被告らの主張

1  原告の解散、分会への権利委譲

統一労評は、平成三年三月一七日に会社の従業員をもって組織する分会を結成した。そして同年三月二〇日すぎまでには約八五名のうち約八〇名を組織した。このような状況から、労使協議会の開催や労働協約の締結までも事業目的としている全員加入の原告の従業員団体としての役割は終えたとの見解の下に、分会は、同月一九日、松本に対して、原告の役員会を開催し解散の方針を提起し、すべての権限を分会に委譲するよう申し入れた。

これに対し松本は解散方針の提起を拒否したので、分会は従業員から、原告の解散と分会への権利の委譲を求める署名を集めることとした。そして二一日までにその署名が五九名となり(最終的には八二名という圧倒的な多数となった)、同月二三日松本に右署名簿を交付した。

しかし松本は、その多数の従業員の意思を無視し、同日原告の臨時総会なるものを急遽開催して存続方針を決定しようとしたが、同日の原告の「臨時大会」には一〇名弱の従業員しか集まらず、大会としての体をなさず原告が実質的に機能していないことを認識せざるを得なかった。このため松本も、いったんは原告の解散と権利の分会への委譲を認めるとして、取締役である清水営業部長に解散の方針を伝えることを組合員らに表明したが、翌二四日清水営業部長らと会った後、態度を一変し、会社の対組合対策として原告を存続させるとの方針に加担することとなった。

かかる経過からすれば、原告は解散規定を持っていないが、実質的に九〇パーセント以上の従業員が書面をもって解散と権利の分会への委譲を認めており、さらに同月二三日の臨時大会を含め、原告の大会が一切開催されていないという事実をふまえれば、原告は右同日に解散し、その資産は分会に委譲されているというべきである。

2  権利濫用

本件訴訟の提起は、不当労働行為意図に基づく訴訟であり、権利の濫用である。

原告は既に全員加入の従業員団体としての基礎を欠き、さらに団体としての実態も有していない。その形式的な存続理由は、分会に対する対抗組織としてであり、会社が分会に対する不当労働行為の一環として、松本らの一部従業員を指示して存続させているにすぎない。

したがって、この間原告は全従業員加入団体として、何らの活動も行なっていなかった。ところが、会社が一時金差別のみならず、分会の崩壊を最終的な目的とする人員整理案を提案し、緊張が高まるなか、本件訴訟は、争議行為を違法として会社の提起した損害賠償事件の提起と軸を一にして提起されている。そして、その後会社が行った、分会三役全員と執行委員一名を懲戒解雇するという露骨な組合潰しの施策とを合わせてみれば、本件が会社の不当労働行為意思に基づく指示のもと、松本が原告の名を利用して行っている不当意図に基づく訴訟というべきである。

第三争点に対する判断

一  争いのない事実及び証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和二三年一二月に会社の従業員をもって組織する団体として結成され、会則を有し、会長一名、副会長一名、各支部長一名、委員若干名の役員を置き、これらは任期一年として選挙によって選出するものとされ、定時総会、臨時総会、合同委員会、委員会を開き、議決は、総会において会員の三分の二以上が出席し、その過半数の賛意をもって成立するものとされ、会長は、従業員の代表となり、会務を統括し、会議の議長を務めることとされていた。会則に定めのない事項は、委員会において原案を作成し、総会又は告示をもって会員の三分の二以上の賛意があったとき、これを定める、と規定されていた。そして、原告は、その目的を達成するため、労使協議会の開催、労働協約の締結、会員の福利、厚生及び親睦をはかる事業、備品、施設の管理補充の事業を行ってきた。

2  松本は平成二年四月から会長を務めていたが、平成三年二月二六日頃開催の合同委員会において次期役員の選挙を同年三月二〇日に行うことが決められた。

3  分会結成後の平成三年三月一九日、松本は、分会の執行部から、原告の解散と、原告の財務関係備品その他について分会への委譲、翌二〇日実施予定の役員選挙の取止め、を要望された。当時、原告の会員として約一〇〇名(うち役員三名)が現在していた。

4  松本は、分会の要望を拒否した。そして、平成三年三月二〇日役員選挙が行われたが、柏支部では、会員五一名中、投票数一〇(うち白紙四)であり、東京支部でも棄権者が極めて多かった。そこで松本は、原告の運営に困難をきたすと考え、臨時総会の開催を決めた。

5  しかし、平成三年三月二〇日に開かれた柏支部の臨時総会では、出席者が一二名であり、当時の柏支部の正社員の三分の二以下であったため、流会となった。そして、同年四月以降、役員選挙が実施されず、総会も開催されなかった。

松本は、右同日、原告の本部及び各支部の平成二年度の会計決算を行い、その結果、決算後の残金は、本部が三万二〇五七円、東京支部が六万八一五九円及び柏支部が四一万五八二一円となることが確認された。そこで松本は、同月二五日、平成二年度の会計と実際の残現金の照合を行うため、互友会の本部及び各支部の会計担当者に対し、保管中の原告の現金を松本に引き渡すよう連絡を取ったところ、同月三〇日、本部の会計担当者から残金三万二〇五七円、東京支部の会計担当者から残金六万八一五九円がそれぞれ松本に引き渡された。しかし、柏支部の会計担当者である被告中村は、被告長坂の指示を受け、同日、残金の四一万五八二一円は支部の財産となったから返還できない旨を返答し、返還を拒絶した。そして、被告中村は、その頃、被告長坂の指示を受けて、右残金全額を分会の会計に組み入れた。

6  その後、原告の会員の支払うべき会費については、総会の決議など原告の意思決定機関の関与なしに、各支部で徴収事務が事実上行われないまま経過してきたが、会社の従業員は、現在は合計四六名(社長を含む)であり、そのうち分会の組合員は八名である。

二  分会への権利委譲の有無について

1  被告は分会への権利委譲が行われたと主張するが、権利能力なき団体である原告の財産は、構成員全員の総有に属するから、総会の所定の決議、または、構成員全員の合意によってのみ、第三者へ委譲することができるものというべきであるところ、これにかなう措置が採られたことを認めるに足りる証拠はない。

(証拠略)によれば、一九九一年三月二二日付「署名用紙」の表題のもとに「互友会の解散とこれまでの互友会の権限を、すべて組合に委譲することに賛成します。」との文言の下の氏名、印鑑に八二名分の署名及び押印ないし拇印(二名分空欄)があることが認められるが、その真意に基づくものかどうか疑問のものがある(〈証拠略〉)うえ、署名者以外の会員を含めた全員の意思を確認したものとはいえない以上、単に圧倒的多数の了解があることをもって被告主張の権利委譲を認める根拠とすることはできない。

2  被告は原告がもはや解散されたものであるとも主張するが、解散後の清算も所定の総会の決議によるべきであるから、その決議の存在を認めるに足りる証拠がない以上、単に会費の徴収が平成三年四月以降行われておらず、同年三月二三日開催予定の臨時総会以降総会が開催されていないからといって、原告が右同日に解散されたものということはできない。

三  不法行為について

前記争いのない事実及び認定事実によれば、被告長坂及び同中村は、原告の会長松本から原告の会計残金四一万五八二一円の返還を求められたにもかかわらず、これを返還せず、平成三年三月三〇日までに確定的に分会の会計に恣に組み入れたものであって、その動機はともかくとして、原告に引き渡さなければならないところを右同日違法に領得したものというほかない。

四  権利の濫用について

被告主張の権利濫用に当たる事由の存在については、これに沿う(人証略)があるが、本件訴えは現に会長の地位にある松本を代表者として原告により提起されたものであり、会社の不当労働行為の有無に影響されるものではなく、これが会社の意思に沿うかどうかはともかくとして、本件訴えの提起が権利の濫用として許されないものであるということはできない。

五  名誉・信用毀損による損害賠償請求について

被告らの前記不法行為は、原告に帰属すべき財産を被告らが分会に帰属するとの一方的見解に基づいてこれを領得して原告に返還しないというものであって、原告の存在を無視された結果として、少なからず原告の名誉を害したものということができるが、これは、前記争いのない事実及び認定事実によれば、本件会費相当金損害賠償請求が認容されて履行されれば、回復される程度のものであると認めることができるから、他に会費相当額の損害賠償を受けるだけでは償えない損害があるとの主張立証がない本件においては、原告の右損害賠償請求は失当である。

六  結論

被告らは、原告に対し、連帯して、会費相当損害金四一万五八二一円及びこれに対する不法行為の日である平成三年三月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却する。

(裁判官 遠藤賢治)

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